今日の読書

サウンドデザイナー 2018 8月号

現在、DTM業界には2つのメジャーな雑誌があり、そのひとつがこのサウンドデザイナー誌である。もう一方のサウンド&レコーディング誌よりも、間口が広く初心者にフレンドリーな雰囲気を発しているよう感じられる。

とは言っても今月号の特集は『コンプレッサー』であり、音を圧縮する道具に過ぎないコンプレッサーについて延々と何ページも詳細な記事が続く。十分にマニアックである。

こういったマニアックな、ともすれば木を見て森を見ず状態に陥るんじゃないかという危機感すら感じさせる記事を読むと、特定の趣味ジャンルに深くハマることの危うい気持ちよさが感じられる。

表現したいものと、それを表現するための手段の間にある危ういバランスは、表現手段のための知識を増やすたびに崩れそうになる。つまり手段が目的化してしまうのだ。

いい音を出したい、なんてことは本来、ただの手段に過ぎないのだが、それが最終目的と化してしまうのである。本当の目的は、音楽を作ることによって、この世にまだ産まれていない何かを創造することであったはずなのに。またそれを人に聴いてもらうことによって、自分の中から外へと何かを表現することであったはずなのに。

そのような目的はたやすく忘れられて、それよりも理性によって把握しやすい「音の良さ」のようなものに、創作者の意識はたやすく奪われがちだ。

しかしそのような表層的なことを追求する気持ちよさというものも事実、存在しているのは確かであり、私はそういう機材マニア的な方向性も大好きです。

まあ、何事も大事なのはバランスでよね。。。。

それはともかく、本誌で紹介されていて、その他にも様々なブログで「最初に買うべきアウトボード」として紹介されていたこれが欲しい!

凄い安いのにとてもいい感じに効くコンプレッサーだそうです。これで音をね、ギュッと圧縮するんです。こんなのが机の上に一台あったら、音楽制作が楽しくなりそうな気がする。欲しいょ。。。


つばな 惑星クローゼット

先日紹介した第七女子会彷徨の作者、つばなさんの別の漫画である。

低位アストラル界にアストラル・プロジェクションした少女たちが、そこで虫状の寄生体に遭遇し、体を乗っ取られるというストーリー。かなり怖いけど、作者の根が明るいのか、作品の底にある雰囲気がほのぼのしているのでちょうどいいバランスで読める。

ここに出てくる虫状の精神寄生体というのが、なんというか本当にそんなものが、低位アストラル界的な領域に実際に存在している感じがする。

で、別次元を探求しようとする者のエーテル体に取り付き、その者の精神エネルギーを奪い、その者の意識を低層に縛り付けるような働きをしている気がする。

私もそういった気持ち悪い存在が出てくる、凄まじく気持ち悪い夢を何度か見たことがある。そういった意味で強くリアル感がある漫画だった。(ちなみに私は夢の中で瞑想し、自らをヒーリングし、その精神寄生体をいい感じに除去しました)

コリン・ウィルソンの精神寄生体に書かれているのも、たぶん同様のものだろうと思う。でもコリン・ウィルソンの本には可愛い女の子は出てこないので、そこが残念です。

第七女子会彷徨

最近、私はかなりピンポイントで、次々と面白い漫画を見つけている。面白漫画を引き寄せるニュータイプ能力が開花したのかもしれない。

先日、Amazon Unlimitedで一巻が無料だった『第七女子会彷徨』という漫画も素晴らしい作品だった。

多次元的女子高生日常SF漫画

暖かみがありなが、どことない繊細な危うさを感じさせる絵で、リミッターを外したドラえもんのような、あるいは根が明るくなったグレッグ・イーガンのような話が描かれる。

ドラえもんの場合は、どれだけ秘密道具が使われたとしても、作品世界は毎回、スタート地点に戻り、世界には何の変化も生じない。だが、本作品においては、SF的道具が使われたり、何かSF的な事件が起こるたびに、それが世界に不可逆的な変化を生じさせる。

グレッグ・イーガン作品では自己同一性への不安をもたらす事件が描かれ、それが作品全体にシニカルさと実存的不安をもたらしている。だが、本作においては、基本的に何がどうなろうと、どれだけ世界と自己の存在の基盤が揺らぐ事件が起きても、日常のほのぼの感はキープされる。

毎話、世界はグラグラと変化し、揺れ続けるのだが、主人公とその友人の女子高生二人の日常的な関係性に毎回、物語のフォーカスが戻るため、なんとなく世界に連続性が生じているように感じられ、それによって日常系漫画としての安心感が作品に生まれている。

世界の安定性はゼロに等しく、自分の存在の継続性も毎度のように脅かされる彼女たちの日常だが、そんな世界の中でも楽しげにのほほんと生きる彼女たちを見ていると、謎の安心感が読者にも伝わってくる。

もともと世界の安定性も、自分の同一性も、そんなものは常に移り変わるものであって、だから、それはどれだけ移り変わりまくってもいいのだ。安心感というものは、そういう見かけの部分から生じるものではないのだから。

人間、一秒ごとに変化しているし、世界も瞬きする毎に別の世界に変わっていっている。それは漫画の中だけではない、我々が生きている現実のことだ。その中で人間は、過去から未来へと続く盤石な時間の流れという架空の概念によって、自分の足場が固いという空想的な安心を抱いているが、それは空想的なものである。

世界が一秒先に今のようである保証は何もないし、この自分が一呼吸後に今と同じ自分である保証も何もないというのが現実である。

そのような現実に対し、安心感を得るための二つのアプローチが存在する。

一つ目のアプローチは、なんとかして、何の確たる足場もないこの現実体験に、継続性の根拠となる、なんらかの物理的、社会的、概念的構築物を建築し、それを維持しようとする試みである。

それは個人内においてはエゴを強化しようとする必死の試みとして現れる。またそのような構築物は、限りなく豪華絢爛に複雑化することが可能だが、どこまでいってもそれは空想の上に構築されたファンタジーに過ぎないため、そのような幻に安心感の根拠を得ようとする試みは失敗に終わることが運命付けられている。そのため、幻に依拠した安心はその裏に常に同量の不安を抱えている。

一方、それとは違う二つ目のアプローチとしてあるのは『自分の存在が何一つ依って立つところがないという無重力の真空のような現実認識の上に、とにかくなんの根拠もなく安心してしまう』という方向性である。

この種の、無根拠であるがゆえの根源的な安心がこの漫画には表現されていると私には感じられる。

物語の表面にあるSF的流転が、生と死、機械と生命、この現実と平行現実、過去と未来、夢と幻、そういった各種の境界をハイスピードでかき混ぜ続けるとき、そのようなテクスチャーの下にある、目に見えない静かな深みの奥で、揺るぎなく永遠に続くものが強く我々の心に暗示されるのである。

『それ町』、面白い!!!

先日、アウトプットに関するこの本を読んだ。多くのDTMerが参考にしているサイト、http://synthsonic.netで紹介されているのを見て興味を持ったからである。

表紙のポートレートが鋭い男の知性を感じさせる。

この本でもっとも役だった部分は、ブックレビューの書き方だ。書評を『100文字×8ブロックの文章』で書く方法が紹介されている。

第1ブロックではその本の紹介だ。第2ブロックではどんな人におすすめの本なのかを書く。第3ブロックではその本の中身紹介その1。第4ブロックでは中身紹介その2。第5ブロックでは本文引用その1。第6ブロックでは本文引用その2。第7ブロックでは具体的な著者紹介。第8ブロックではこの本を取り上げた理由のダメ押し。

ところで、私は自分の中にあるものを文章によって表現することに関しては上手だし、その作業は好きだ。だが外に客観的に存在しているものを客観的に文章で表すことについては、今まであまり興味を持てなかった。しかしここ最近、そういった文章を書くことに興味がでてきた。そのため、上で紹介したような本を読んだり、たまにブックレビューを書いたりして練習している。

だがこれがなかなかに面倒くさいのだ。いちいち引用文を調べたりしなければならない。著者についても調べなければならない。そういう地道な作業をせねばならないのかと思うと、ブックレビューする気がぐんぐん削がれていく。

そのやり方をしようとすると、やる気がでず、結局、それをやらないのであれば、それよりむしろ、自分なりのやる気がでるやり方を考えて、そのやり方に従ってそれをやった方がいいのではないか。

上の本で紹介されていたブックレビューの書き方は、あくまで書き方の一例であって、それを参考にしつつも私なりのスタイルを構築したらいいのではないだろうか。

守破離というものがある。

まずは先人のスタイルを守り、それをマスターした上で、少しずつそのスタイルに改造を加えていき、最終的に先人のスタイルから離れて自分のスタイルを見い出すべしという教えだ。

だがこのたびの私としては、もういきなり自分のスタイルを見つけてゆきたい。

ということでブックレビューについての「私なりのスタイル」を考えてみよう。

ブックレビュー、私なりのスタイル

冒頭でその本の良さを簡潔な文章で表現する。

例:めっちゃ面白い!!!

文章だけで面白さが伝わらないと思われる場合は、HTML表現で伝える。

例:めっちゃ面白い!!!

内容を具体的、客観的に伝えることについては潔くあきらめ、なんとなくそのとき思ったことをフリースタイルで書く。

例:いやーほんとに面白いんですよ。最高です。こんな面白い本ってなかなかないですよ。みなさんもぜひ読んでください。

いいね! これなら楽に書けそう。このスタイルで昨日読んだマンガについてレビューしてみます。

『それでも町は廻っている』ブックレビュー

めっちゃ面白い!!! エクストリーム最高面白い!!!!

この漫画を好きな友達に熱烈に勧められ、断りきれずついKindleで買ってしまったのですが、買ってよかったです!

今まで読んだことのない日常系ギャグ漫画で、脳の今まで使われていない部分が刺激される感じの面白さを味わいました!

いや、この感じはあれば、私のオールタイム最高漫画に常に君臨し続ける『菫画報』の味わいに似ているな。なんていうのかな、この少し不思議な日常SF感覚、大好きです。

(菫画報は最高の漫画です)

『それ町』はまだ二巻までしか読んでませんが、これから少しずつ読んでいきたいと思います。このあとまだ十巻以上も読めるかと思うと楽しみでなりません。

やっぱり漫画は一日一冊は読みたいし、一日一回はスタバに行きたいのです。

なぜならスタバで漫画を読むことが私のしあわせ時間だからです。そのためにこの地球に生まれてきたといっても過言ではありません。漫画とスタバは人類の生み出した凄いいいものです。

さて、『それ町』一巻のみどころは、なんといっても可愛い木星人の造形ですね。本当に可愛いので必見です!

二巻の見どころは、主人公が死んで行った天国の情景とか、主人公が巻き込まれたSFバトルとかですね。キャラも可愛くてときめきます。

『それ町』の名前は前々から知っていて表紙の絵もちょくちょく目にしていたのですが、ずっと長年スルーしてきていました。ここ十年ぐらい、私はあまり漫画や小説を読まない、アニメも観ないゲームもしない時間を過ごしていました。

その間に発表された、私の知らない面白いコンテンツが世の中には大量に眠っているんだろうなと思います。そういったものを、これからいろいろ読んだり楽しんだりして、こんな感じで紹介していきたいです。

放課後ていぼう日誌

新しい物事を始めるにはある程度の知識を持っていた方がいい。この際、知識は『ある程度』で十分である。過剰な知識は腰の重さや、頭でっかちによるパフォーマンス低下を招く。習うより慣れよとはよく言ったものである。

かといって全くの予備知識無しというのも怖い。少しはそのアクテビティに対して予備知識が欲しい。

というわけで適切な量の知識を事の始めに吸収したいわけであるが、その際に役立つのが漫画やアニメである。

特に現代においては、『可愛い女の子たちが興味深い趣味活動をする』というジャンルが隆盛を極めている。以下にいくつか例を挙げる。

  • けいおん 可愛い女の子たちがバンド活動する
  • ゆるキャンΔ 可愛い女の子たちがキャンプする
  • ヤマノススメ 可愛い女の子たちが山登りする

こういった作品は初心者のモチベーションを劇的に高めると同時に、適切な知識を与えてくれる効果を持つ。

また同時に、『現実的な見方』『実際的な視点』『幸せな成長のイメージ』をそのジャンルに対して提供してくれる効果を持つ。

同じ登山漫画である『ヤマノススメ』と『孤高の人』を比べてみれば私の言いたいことはわかるのではないだろうか?

孤高の人

非日常としての登山 エクストリームな局面がメイン 苦闘と孤独を通しての成長
参考画像↓

ヤマノススメ

日常の延長としての登山 ノーマル局面がメイン 楽しさと喜びを通じての成長
参考画像↓

娯楽作品としてどちらも傑作である。だが、自分の人生に登山というアクティビティを実際取り入れ、それによって生活の質を高める目的のために作品を摂取するのであれば、ヤマノススメの方がその目的に適している。

(ヤマノススメはもうすぐアニメのサードシーズンが始まります。ファーストシーズンを観て予習しよう!)

ヤマノススメに限らず、この種の『女の子が興味深い趣味活動をする』ジャンルの作品は、読者の人生に実際の変容をもたらす力を強く持っている。

今日、紹介する『放課後ていぼう日誌』も、その種の漫画である。

けいおんと同様、メインキャラは四人。そのうちの一人が、いろいろあって『ていぼう部』に入部し、他の三人の個性豊かな部員と共に、堤防でさまざまな種類の釣りをするというストーリーだ。

絵、ストーリーともにレベルが高い。存分にマンガ世界に没入する楽しみを味わえる。

作中に描かれる釣り知識は、どれも実用的かつ、よく整理されている。物語を楽しんでいるうちに釣り知識がすっと頭に入ってくる。

全体的にカラッとした作風であるが、女性の柔肌に絡みつくタコ、という日本の伝統的なエロスを感じさせる描写もある。

可愛い女の子が興味深い活動をする漫画が好きな人、釣り好きな人、これから釣りを始めたいという人、海でのアクティビティ全般に興味を持っている人におすすめの漫画だ。

また、海沿いの町、日焼けした女子高生、青い空といったイメージに郷愁とときめきを感じる人にももちろんおすすめである。

作詞少女

昨日の更新では、Imaginary School Daysという自作曲の歌詞を公開した。その詩を書くに当たり、私はこの本を参考にした。いい本だったのでレビューしたい。

作詞少女 詩をなめてた私が知った8つの技術と勇気の話

本書は作詞のための実用的なハウツー本であるとともに、作詞や創作をテーマにしたラノベ風の小説もである。読み物として凄く面白い上、これを読めば作詞という作業についての具体的な方法がわかる。

今まさに作詞をしたいが、どう書けばいいかわからない人、作詞の具体的なテクニックを知りたい人におすすめの本である。また、創作行為や自己表現というものについての広い見通しを得たい人にも勧めたい。

といっても本書は気軽に読めるラノベでもある。バンドをやっている同級生に作詞を頼まれた、ちょっと夢見がちだけど実は平凡な女子高生が物語の主人公である。主人公は、プロの作詞家でありハードな変人である同級生女子の弟子となり、作詞と創作と人間について、作詞の作業を通じて学んでいく。

師との関わりの中で、主人公は作詞の表面的な技術を学ぶ。その後、彼女は創作という行為の持つ深淵について学び、さらには自分の心の中にある闇を見る。それは創作をする者にいつか訪れる、内なる世界への参入の儀式、イニシエーションの瞬間である。

読者はこの本の読書を通じて、自分の世界の足下が崩壊するような、その恐るべき瞬間を仮想的に体験することができる。

『もう終わりだ。

こんなにも世界が真っ暗だったなんて、知らなかった。

いや、それは違うわね。真っ暗で、真っ黒だったのは私だ。世の中は何も変わっていない。私も何も変わっていない。唯一違うことと言えば、私が私の誤魔化しに気づいてしまったという、その一点』

『私が書く歌詞は、嘘と誤魔化しと自分を守るためのキレイゴトばっかり。(中略)……私はもう、歌詞を書くことはできないと思う。だって、全部嘘なんだもの』

主人公は師によって自らのエゴと向き合うよう導かれ、それを認識し、苦しみの果に、エゴを越えたより高い意識へと自らを上昇させることを決意する。この物語は美しい。

著者、仰木日向(おうぎ・ひなた)氏は作曲家であり、作詞家であり、『スーパーヒロイン学園』『作曲少女』などの小説作品を書いた小説家でもある。『作曲少女』は作曲をテーマにしたハウツー本的ラノベであり、『作詞少女』と世界観を共有している。この『〜少女』シリーズ、続きがあるならぜひ読んでみたい。

『作詞少女』は作詞と創作のエッセンスを読書によって仮想体験できる傑作である。同時に、実用的なハウツー本として有用な情報が詰まっている。なにより素晴らしいのが、「俺も何か作るぞ!」という情熱が本書を読むことによって沸いてくることである。

音楽だけでなく、広く創作というものを始めようとしている人や、もう始めている人、皆に本書をおすすめしたい。